地名の由来 その昔、薩摩の総奉行平田靭負以下の義士が幾多の悪条件のもとで成し遂げた悲壮ともいうべき宝暦治水の大工事は今日、この地域が屈指の穀倉地帯として繁栄を極める礎石となりました。この恩恵を永久に忘れ去ることのないよう、昭和30年2月、当時今尾町と海西村が合併するや、総奉行の姓を引用、その遺徳永く偲ぶとともに穀倉地帯を端的に指標する意味で名付けられました。
■平田勒負翁像 海津市平田町の歴史を語る時に、忘れてはならないのが宝暦治水。この功労者・平田勒負翁の偉業を讃えて輪中公園内に銅像が建てられました。